日本の伝統食品
がに漬け
(福岡県・矢部)
寝かすほどに円熟するサワガニの醤は、水清い山里にのこる古代食
水田に映る新緑の山が激しい雨に叩かれて、幾重もの輪になってゆらめき広がっていく。
福岡県矢部村の人たちは、春長けて降るこの雨を待ちわびていた。
「もう半月まともな雨が降っとらん。からから天気の後のどしゃ降りには、がにがエサを獲りにいっせいに出てくっと。こんなに条件のいい日は、まずめったになか」
待たれているのは、がに漬けにするサワガニだ。
雨の降りはじめが狙い目。村はずれの車道で、山の杣道や田の畦や水路で、横歩きの赤いやつが、それこそ塩辛にするほど獲れる。
がに漬けは晩春のサワガニを搗き砕き、タカノツメと麹を混ぜて塩蔵熟成させた、ぴりっと辛い塩辛。古代の貴族たちも愛でたという蟹醤(かにびしお)である。
じっくり寝かせた完熟の香気に、たまさかこりっとあたる蟹のハサミの歯応え。これがどうにも酒を手招きする。
◎お問い合わせ:高山物産
◎住所:福岡県八女郡矢部村福取
◎TEL:0943-47-2203
Text:Yukie Mutsuda Photo:Hiroshi Ohashi
ひと臼およそ1380匹。脱出を図るサワガニを手で押し戻しながら、一気に杵で搗きつぶす。カニのハサミを残して搗くのがコツ。
サワガニ獲りは5月初旬から梅雨入りまでのほぼひと月間。雨の降りはじめが狙い目。バケツをいっぱいにするのに、たいして時間はかからない。