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TOP > 特集・連載一覧 > 東北のすごい生産者に会いに行く。 > 第2回 土への贖(あがな)い 前編

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 第2回 土への贖(あがな)い 前編/福島県大玉村 鈴木博之さんの田んぼにて

一番汚されたのは土

 コメの収穫期を迎える前から、福島県は農産物のモニタリング検査を始めていた。しかし、それは全量検査ではなくサンプル数も少なかったため、多くの生産者が「それでは胸を張って売れない。お客様を説得できない」と、身銭を切って、2011年産米を自主検査に出していた。
 鈴木さんももちろん計りに計った。私はそのデータを見て、ぎょっとした。人の口に入る白米や玄米だけじゃない。田んぼの土、精米の過程で出るヌカ、モミ、ワラ、精米機に集まる塵……。それらすべてを鈴木さんは検査に出していた。当時、福島県のモニタリング検査の検出限界は20Bq/㎏。
「そんなんでは甘い! もっと精度の高い検査機で調べなきゃ」
 と、検出限界1Bq/㎏の検査機関に出していた。費用はすべて自己負担。当時は1件につき3万円前後かかかったはずだ(費用はのちに東電に請求している)。

 さまざま計ったなかで、一番汚染度が高いのは土だった。早生の「五百川」という品種については、
 土はセシウム134と137、合わせて2960Bq/㎏が検出されている。
 次に高いのは、コメの乾燥機に集まる排塵で、533Bq/㎏。
 次が稲わらで140.5Bq/㎏。
 そして米糠、86.7Bq/㎏。
 次にもみがら、17.78Bq/㎏。

 そして肝心のコメは———
 五百川 4.33Bq/㎏。
 ひとめぼれ 2.58〜15Bq/㎏
 こがねもち(もち米) 5.6Bq/㎏
 ヒメノモチ(もち米) 5.6Bq〜12Bq/㎏
 コシヒカリ 9Bq/㎏〜23Bq/㎏
 ミルキークイーン 6Bq/㎏
 春陽 1Bq/㎏
 LGCソフト 検出せず

 いずれも当時の暫定基準値500Bq/㎏を大きく下回っていた。そして同じ品種でも、栽培した場所によって値は微妙に異なっている。自分のコメだけでは飽き足らず、試みに、魚沼産コシヒカリを検査すると「検出せず」という結果だった。
 土には高濃度のセシウムが含まれているのに、コメの汚染度は意外に低い。それは消えてなくなったのではなく、土が放射性物質をがっちり抱えて離さないからだ。だからコメには移行しない。食べる私たちにとって、とてもありがたいこと。しかし、放射能が土を犯した事実は変わらない。
 鈴木さんは、土の性質を表す時に「土性(どせい)」という言葉をよく使う。おいしいコメを作ろうと長年かけて土づくりをしてきた。事故後に作られたコメも、文句なく旨い。身銭を切って検査して、国が「安全」と認める値をずっと下回っていたとしても、「買わない」「食べない」と言われる。それは、事故によって降り注いだ放射性物質が、依然として土の中に存在するからだ。
「われわれは、土性を壊された。器物損壊罪だ!」

セシウムを吸わぬコメ

 いろいろ計ってみたなかで、鈴木さん自身がびっくりしたコメがある。低アミロース米の「春陽」と「LGCソフト」だ。いずれも検出限界1Bq/㎏という、精度の高い検査機関で測定したが、春陽は1Bq/㎏、LGCソフトに至っては「検出せず」と、ほかのコメに比べても低い値。しかもこの2品種は、鈴木さんが栽培している水田のなかでも、最も汚染度の高い1万6200Bq/㎏の土壌で栽培されたものだ。土はこんなに汚染されているのに、なぜセシウムが出ないのだろう?

 スーパーや精米店ではあまり見かけない「春陽」と「LGCソフト」という品種は、「低たんぱく米」とも呼ばれている。
 腎臓病の患者さんは、普通のコメ(うるち米)ではたんぱく質が多すぎて、腎臓に負担がかかってしまうので、食事制限をしたり、ご飯にこんにゃくを混ぜて食べるという。LGCソフトは、たんぱく質の約5割を占めるグルテリンが約半分で、コメよりも可消化性のたんぱく質が2~3割少ない。鈴木さんはこの特殊な機能を持つ米を、早くから栽培していた。
 しかもLGCソフトには、他の品種にはない、意外な性質がある。
「うるち米なのに、もち米みたいな食感が出せるんだ」
 団子を作る時、普通はもち米を粉砕した粉を練って作るが、LGCソフトは炊飯器で炊いたごはんを練り込むだけで、いきなり団子が作れてしまうのだ。その特殊性に目をつけて、鈴木さん2007年12月、団子屋まで開業していた。その名も「ままや」。「まま(=ご飯)がそのまま団子」になる、そんな店だ。
 ゆくゆくは団子の生地だけを他の店に卸したり、団子屋のFCやチェーン化することも考えていたけれど、原発事故以来、これも頓挫。今は大玉村にある大山小学校の向かい側、三角屋根の店舗がひっそりと営業している。

 

 LGCソフトからセシウムが検出されなかったことで「もしかすると、品種を選べば、汚染は回避できるのかもしれない」と思い始めた鈴木さん。まだまだ検証が必要で、「それが売れるかどうかは別問題」だが、小さな希望と多くの課題を残して、2年目の春に突入した。

12分の1の応援団

 鈴木さんは、こんな話もしていた。
「国民として、子を持つ親として、食料を安心して買えなくなった責任は、事故を防げず、放射能を拡散してしまった東電にある。そういう意味では農家だけでなく、消費者も被害者だ
 地震や災害が起きるたび、被災地の農産物を「食べて応援しよう!」という気運が起きて、消費者も躊躇することなく応援してきた。今回それができないもどかしさと、不安がつきまとうのは、原発事故のせい。だから鈴木さんは、お客さんにこんなふうに説明するようになった。
「事故前は、1年中うちのコメを食べてほしいといっていた。だけど今は、毎日とはいわない。年に一度だけ、ひと月分だけでもうちのコメを使ってほしい。基準値をずっと下回るコメを、1年の12分の1だけ。理由は『福島のオヤジがかわいそうだから』でもいいし、他の月は他県のコメを食べてもいい」
 なので私は年に一度、鈴木さんのコメを取り寄せて食べることにした。ホントにささやかだけど、「12分の1の応援団」が、1人ずつ増えていけば、何かが変わる気がするから。
 でもって、あの強気な鈴木さんが、「オヤジの愚痴に付き合ってくれるだけでいい」と言うので、また大玉村に行かなくちゃ。そして、「ままや」の団子を食べるのだ!
(後編につづく)

 

◎今回訪ねた先は…

鈴木博之(すずき・ひろゆき)
1950年生まれ。6代続くコメ農家で23歳で就農。76年に農作業を請け負う任意団体を設立。84年に(有)農作業互助会を法人化。農作業受託をめぐる問題から88年に債務負債による経営危機に陥るが、地元の農協を訴え、裁判所の和解勧告を受けて危機を脱出。コメの生産、精米、小売事業で再建。低たんぱく米の特性を生かした団子屋「ままや」を開業。2011年福島第一原子力発電所の事故後、単独で東京電力を告訴。その後、2人の生産者とともにADRで和解交渉を続けるが、要求の大部分が受け入れられず、継続して打開策を模索している。
ままや
福島県安達郡大玉村大山字大江田中128-17
電話/0243-48-1182
営業時間/10時~18時
定休日/月曜・第一日曜
有限会社 農作業互助会
(注文・問い合わせ)
電話/0243-48-3668
FAX/0243-48-4699
 
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プロフィール

奥田政行(おくだ・まさゆき)
1969年山形県鶴岡市生まれ。2000年「アル・ケッチァーノ」を開業。地元で栽培される食材の持ち味を引き出す独自のスタイルで人気を博す。「食の都庄内」親善大使、スローフード協会国際本部主催「テッラ・マードレ2006」で、世界の料理人1000人に選出される。07年「イル・ケッチァーノ」、09年銀座に「ヤマガタ サンダンデロ」をオープン。東日本大震災の直後から被災地へ赴き、何度も炊き出しを実施。今も継続して支援に取り組む。12年東京スカイツリーにレストラン「ラ・ソラシド」をオープン。スイスダボス会議において「Japan Night 2012」料理監修を務める。「東北から日本を元気に」すべく、奔走中。
http://www.alchecciano.com
三好かやの(みよし・かやの)
1965年宮城県生まれ。食材の世界を中心に、全国を旅するかーちゃんライター。16年前、農家レストランで修業中の奥田氏にばったり邂逅。以来、ことあるごとに食材と人、気候風土の関係性について教示を受ける。震災後は、東北の食材と生産者を訪ね歩いて執筆活動中。「農耕と園藝」(誠文堂新光社)で、被災地農家の奮闘ぶりをルポ。東北の農家や漁師の「いま」を、「ゆたんぽだぬきのブログ」で配信中。
http://mkayanooo.cocolog-nifty.com/blog