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シェフ奥田政行とライター三好かやの 東北のすごい生産者に会いに行く。 第4回 吟壌の桃/福島県福島市 加藤修一さんの桃畑にて この連載について

“一瞬の旬”を逃さずに

 今年8月5日、「アル・ケッチァーノ」奥田政行シェフと福島市の「フルーツファームカトウ」を訪れた。

 この日は今年の桃の初出荷。食べごろを迎え、見事に色づいた「あかつき」が、私たちを出迎えてくれた。桃農家がこの年の勝負をかける大切な日。そんな日に、部外者が畑に立ち入るのは、基本的に御法度だ。
 ところが、その約1カ月前のこと。
三好「シェフ、自力でバリバリ除染して頑張っている、福島の桃農家さんのところへ行ってみませんか?」
奥田「行ぐ、行ぐ」
三好「一緒に、桃もぎしませんか?」
奥田「するする。その場で料理もしたい」
三好「いつ空いていますか?」
奥田「空いてるのは8月5日の午後だけ。この日なら、山形から直接車で行ける」

 さっそく、農園の主、加藤修一さん(51歳)に、その旨を伝えると……
加藤「その日はちょうど、あかつきの初出荷なんです。でもいいですよ。お待ちしています」
三好「うわー、すいません。よろしくお願いします」
 という流れになってしまった。
 そして当日、鶴岡のアル・ケッチァーノからやってきたのは、奥田シェフとその弟子2人。映画「よみがえりのレシピ」(庄内地方の在来野菜と、それを伝え、つなぐ人たちのドキュメンタリー。奥田シェフも出演)を作った、渡辺智史監督も一緒だった。

 加藤さんは、果樹農家の四代目。東京農業大学を卒業後、桃とさくらんぼ、りんごを作り続けて29年になる。東日本大震災から3度目の収穫を迎えるが、天候的に今年は最も大変な年だったようだ。
「震災の年と去年は、夏に雨がほとんど降らなくて、桃にはとってもいい年でした。ところが今年は春が寒く、何度も遅霜が降ってしまった。花の時期に霜が降ると、種の生育が不順になって、肥大すると実が割れたり、まん丸にならず、凹んでしまったり。それでもここ4日ぐらいは晴れたので、ようやくここまで色づいて、味もだいぶ乗ってきました」
 と、ほっとひと安心といった表情の加藤さん。
 主力品種「あかつき」の出荷は、わずか10日間ほど。りんごや梨と違い、保存のきかない桃は、おいしく味わえる時期が、本当に短い。

 お邪魔した8月5日は月曜日。その前の土日で、「桃ありますか?」と問合せも多かったという。ところが加藤さんは、
「まだ木になってます。明日まで売りません」と、譲らなかった。
「うちに直接注文してくださったお客様1人1人に届けるには、5日にならないとダメ。まだとれない」
 大事に育てた桃をギリギリのタイミングで収穫して、一番おいしい時期に味わってほしい。加藤さんは、そんな桃の「一瞬の旬」を届けようと、ずっと努力を重ねてきた。

 加藤さんの案内で到着した桃畑。地面には、収穫の10日ほど前から「タイベック」と呼ばれる真っ白な反射資材が敷き詰められている。晴れた日は照り返しが目に眩しい。タイベックには、陽光を反射させて果実の下からも当て、味と色づきをよくする効果があると同時に、雨が降っても雨水が土中に浸透するのを防いでくれる。収穫を目前にして、根が余分な水分を吸い上げ、果実が膨らまないようにするのだ。

 

 奥田シェフは頭上の桃を見上げるなり、
「おっきい。桃が、すごくおっきい」
 と、目をぱちくり。それを聞いた加藤さんは、
「うちのお客さんは、大玉が好きな方が多いんです。シェフが持っているのは3Lサイズ(写真右)。ひと玉400g以上ありますよ」
 桃の木は、毎年無数の花を咲かせるが、それを花の時期に間引いて落とす「摘花」、梅の実ほどの小さな青い実を落とす「摘果」、根気と熟練を要するこの2つの作業を経て、私たちが当たり前のように食べている桃ができあがっている。とくに大玉は、1本の木になる実の数を減らして、果実に栄養分を集中させて仕上げるので、それだけ手間がかかっている。

おいしさの素は海から

 こうして育て上げる桃を、加藤さんは「吟壌桃」と名付け、顧客に直接販売している。吟壌の「壌」は、「土壌」の壌。もう20年以上化学肥料を使わずに、独自に集めた有機物の材料を発酵資材で発酵させた、オリジナルの肥料を使用。加藤さんはこれを「酵素農法」と呼んでいる。土作りにこだわって、栽培し続けてきた姿勢の現われだ。
「北海道や九州から、海産系の材料を集めて、肥料を作っています。魚かすは雑魚ではなく、焼津のカツオの魚かすがいい。材料になる魚のアラの鮮度も大事です」
 肥料の材料にまで、とことんこだわっている。そんな海産系の肥料に目覚めたのは、まだ20代の頃。味のよいことで評判の和歌山県有田市のみかん農家が、魚かすを使っていることを知り、導入するようになった。

 果樹を育てるうえで、大切なのはミネラル分。カルシウム、マグネシウム等の微量要素が大事なカギを握っている。加藤さんは「中でも重要なのは、カルシウム」と話す。それは桃がもともと日本に自生していた果樹ではないためだ。
「西洋生まれの原種が元になっている果樹の場合、ポイントになるのはカルシウム。ヨーロッパのブドウでいいワインができるのに、日本でなかなか難しいのは、土のカルシウム含有量が違うからです」
 そんなカルシウム分を補うために取り入れているのが、北海道産のホタテの殻。高温で焼成し、パウダー状のものを土に施している。

 加藤さんが、ここまで土にこだわって育てた桃は評判が高く、顧客が顧客を呼んで、生産量の9割を直売で販売するまでに。関東を中心に1000人ものお客さんがいた。また地元JAの桃専門部会長として、福島の桃を一流ブランドにしようと、仲間を引っぱってきたリーダーでもある。
 ところが、そんな状況が、あの震災を境に一変してしまった。

 たわわに実った頭上の桃の実を見上げ、加藤さんが私たちに教えてくれた。
加藤「本当においしい桃は、収穫間際に表面が光るんです」
奥田「えっ? どうして?」
加藤「表面のうぶ毛がとれて、表面がつるつるになる。そうすると光ってくる」
奥田「なるほど」
加藤「葉っぱの周囲がノコギリみたいにギザギザしているでしょ。こういう葉っぱをつける木に、いい桃ができるんです」
一同「ほほー」

 震災から3度目の夏。「吟壌桃」は、天候不順や風評被害、目に見えない悔しさや不安を乗り越えて、ギザギザの葉っぱが茂る木に、「光る桃」を実らせていた。

 
 
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プロフィール

奥田政行(おくだ・まさゆき)
1969年山形県鶴岡市生まれ。2000年「アル・ケッチァーノ」を開業。地元で栽培される食材の持ち味を引き出す独自のスタイルで人気を博す。「食の都庄内」親善大使、スローフード協会国際本部主催「テッラ・マードレ2006」で、世界の料理人1000人に選出される。07年「イル・ケッチァーノ」、09年銀座に「ヤマガタ サンダンデロ」をオープン。東日本大震災の直後から被災地へ赴き、何度も炊き出しを実施。今も継続して支援に取り組む。12年東京スカイツリーにレストラン「ラ・ソラシド」をオープン。スイスダボス会議において「Japan Night 2012」料理監修を務める。「東北から日本を元気に」すべく、奔走中。
http://www.alchecciano.com
三好かやの(みよし・かやの)
1965年宮城県生まれ。食材の世界を中心に、全国を旅するかーちゃんライター。16年前、農家レストランで修業中の奥田氏にばったり邂逅。以来、ことあるごとに食材と人、気候風土の関係性について教示を受ける。震災後は、東北の食材と生産者を訪ね歩いて執筆活動中。「農耕と園藝」(誠文堂新光社)で、被災地農家の奮闘ぶりをルポ。東北の農家や漁師の「いま」を、「ゆたんぽだぬきのブログ」で配信中。
http://mkayanooo.cocolog-nifty.com/blog