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SERIES

 第4回 吟壌の桃/福島県福島市 加藤修一さんの桃畑にて

表土を剥いで徹底除染

 話をちょっとさかのぼろう。私が初めて加藤さんの農園を訪ねたのは、去年の5月末。2.6haに及ぶ果樹園を、人力で徹底的に除染する、その作業の真っ最中だった。

「桃の除染って、どうするのだろう?」
 原発事故直後、ホウレンソウなどの葉ものは、引き抜いて破棄していた。コメ農家はセシウムを吸着するゼオライトを土に入れたり、田んぼの土を反転耕するなどして、作物への移行を抑えていた。だけど、桃のような果樹は、根っこごと引き抜くことはできないし、土をひっくり返すわけにもいかない。生産者が大切に育ててきた木を生かしつつ、果実にセシウムを移行させない。そんな方法が、あるのだろうか?

 

 当時、加藤さんの畑では、男性3人がかりで、小さな家庭用の耕耘機で表土を耕し、表面から2~3㎝だけを削り取る。それを2.6ha分! そんな気の遠くなるような作業が、すでに半年以上続いていた。
 土にこだわる生産者にとって、表土はそれまでの人生そのもの。これを全面的に削る作業を、半年以上続けていた。削り取った土を見ながら、
「これって、加藤さんの人生であり、財産ですよね」とたずねると、
「そう。ここに僕の30年が凝縮している」

 我が身を削る思いだったに違いない。

 震災の年の収穫後、福島県が桃農家に向けて行っていた指導は、「冬の間の葉のない時期に、高圧洗浄機で木の表面に付着したセシウムを洗い流す」というものだった。
 雪の日の気温は−5℃にもなるが、身も凍る寒さの中で敢行。高圧洗浄機で木の幹に水をかけると、枝についた水が、つららのように凍ってしまったそうだ。
 しかし、加藤さんは、それだけで除染は「不十分」と判断。2011年12月、りんごの収穫を終えた後、独自に表土を剥がす作業を開始した。
「福島で、こんなことをやってるのは、僕だけだと思います」

これはただごとじゃない!

 震災直後、地元の消防団員を務める加藤さんは、沿岸部から避難してきた人たちを避難所に誘導していて、自分が「被災した」という自覚はなかったという。原発事故直後、福島第一原発から70キロ隔てた福島市では、その影響を実感するのは難しかったが、放射性物質の空間線量が明らかになるにつれ、事態が深刻であることがわかってきた。当初は線量計を持っていなかったので、正確な数値は定かではないが、原発事故直後、畑の空間線量は100μSv/hを超えていたと推測される。そんな中で、大部分の農家の人たちは正確な線量も知らされず、畑へ出て、例年通り桃の木の手入れをしていた。
「これはただごとじゃない! 最初の1年で、外で働く農家の人たちは、おそらく内勤者の10倍は被曝している。1年過ぎても、畑の空間線量はまだ高いんだから」

 震災が起きた2011年、桃の木は例年通りピンクの花を咲かせ、実をつけようとしていたが、加藤さんは、仲間の生産者たちに「今年は桃を売るのを止めよう」と提案した。線量が高い中、このまま栽培を続けたら、多かれ少なかれセシウムは桃に出てしまうだろう。それよりも最初の1年は、実が青いうちに全部とってしまって、あとは除染に徹しよう。そうすれば翌年の収穫に影響は出ないはずだから……。
 そんな加藤さんの願いを、国も東電も受け入れてはくれなかった。県やJAの方針も「桃を作って売れ」。そうしなければ補償金が出ないから。加藤さんは、やむなくこの年の桃の直売を中止するしかなかった。それが1年目の夏だった。
 2年目は徹底的に除染して直売を再開しようと決意した。自前で購入した線量計を畑の地面に置くと、たしかにそこにセシウムが存在していることを示していた。
「桃に移行しなければいい」とか「基準値以下ならいい」という問題じゃない。放射性物質がまだ地表にあるうちに、土ごと取り除いてしまわなければ。セシウムが地中に沈んでしまってからでは遅い。畑で作業する生産者が被曝の危険に晒される。身を削るに等しい「表土剥離」という行為の背景には、そんな思いがあった。

 加藤さんが、除染のために個人で雇った作業員の人件費は、半年で数百万円を超えていた。これほど時間と人手と経費を要する作業を、誰もができるわけがない。周囲には「自分だけ、生き残りたいのか!」と、非難する声もなかったわけではない。事故の影響で畑が汚されたり、桃が売れなかったり、安くなってしまったのはみんな一緒のはずなのに、除染に対する考えや価値観、できる対策に個人差と温度差が生じてしまい、同じ生産者の間で衝突や齟齬が生まれてしまう。加藤さんは、そんな周囲との軋轢を感じながらも、除染を続けた。
 作業前と後に線量を図ってみると、表土をはいだ場所の線量は、確実に下がっていた。それが何よりの励みだった。

震災を知らない1年生の木

 そうして今年、奥田シェフとふたたび桃畑を訪ねると、
「今年の桃を検査に出しました。結果はゼロだったんですよ。検出限界0.78Bq/㎏で測定しても、検出されませんでした」
 と、笑顔の加藤さんがいた。園内のモニタリング検査では、空間線量=0.26μSv/h、土壌線量=0.0 Bq/㎡という結果も得ている(2013年7月19日現在)。
「うわあ、よかった。去年バリバリ除染した効果ですね」

 ただ、一番上の土を削った影響が、ないわけではない。桃の木は、前の年に吸い上げた栄養分で生きているが、今年の木は、いつもの年よりその「貯蓄」が少ない。マイナスの影響も残った。
「ちょっと具合の悪そうな木が、何本かありました。いつもより多めにご飯(=肥料)をあげて、なんとかしのぎました」
 加藤さんも大変だったが、表土を削られた桃の木もまた、大変な思いをしたようだ。

 また、加藤さんは昨年、樹齢20年以上の木を、やむなく伐採した。樹皮の凹凸が激しくて、高圧洗浄機でも表面に付着した放射性物質を洗い流しきれないからだ。チェーンソーで切り落とした切り株の痕が、なんとも痛々しかった。
「僕が就農した時に植えた木や、祖父が残した、品種名もわからない古いりんごの木も切りました」
 あの場所は今、どうなっているのだろう? あれ、別の木が生えている。高さは人の肩丈ほど。まだちっちゃい。
「この子はまだ一年生。台木に挿し芽をして、ここまで育ちました」

 

 株元に目をやると、2種類の木がくっついているのがわかる。下が台木となる山桃の木で、新しいのは加藤さんが自分の畑から選び抜いた「あかつき」の芽を接いだもの。木は切り倒されても、「吟壌桃」の味は、こうして再現できるのだ。
三好「よそから苗木を買ってきて植えちゃ、ダメなんですか?」
加藤「ダメダメ。新品種なら別だけど、苗木を作る時は自分で選抜しなければ、いい桃はできません。一番いい桃の木の枝を、台木に接ぐんです。これは完全なクローン。いい木を持っている人がいたら、頭を下げてお願いして、その枝をもらってくることもあります」
奥田「へえぇぇぇ!」

 畑の別の場所に、台木用の山桃の木が植えられていた。8月の終わりに落ちた実の中から種を取り出し保存する。4月になったら、種を割り、中から核を取り出して培養土に植える。そこから芽を出した木を育てて台木を作り、「うちの畑で一番!」の実をつける桃の木の芽を接ぐ。「吟壌桃」は、こうして代々受け継がれてきた桃の中から、バージョンアップを重ねて紡いできたDNAを持っている。一度途絶えてしまったら、5年や10年では取り戻せない。

三好「こんなに手間をかけて、いい桃を選抜している人は、他にもいるんですか?」
加藤「桃農家が100人いたら、4〜5人かな?」
三好「シェフは他にもこんな果樹農家さんを、ご存知ですか?」
奥田「知らない。めったにいないと思う」
三好「選抜や芽接ぎの方法は、農大で学んだのですか?」
加藤「いやいや、父親から習いました。この木は来年の今ごろ、3mぐらいに伸びていますよ」
三好「うわあ、楽しみですね」

桃の種から取り出した核

「桃栗三年」というけれど、出荷できる実ができるまで、5年かかるという。目の前にある小さな木は、去年の9月に芽を継いだもの。震災も原発事故も知らない新世代だ。
 この木に「吟壌桃」が実る頃、加藤さんや福島の桃の状況は、今よりきっとよくなっているはず。“一年生の木”には、そんな希望が託されている。

 
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プロフィール

奥田政行(おくだ・まさゆき)
1969年山形県鶴岡市生まれ。2000年「アル・ケッチァーノ」を開業。地元で栽培される食材の持ち味を引き出す独自のスタイルで人気を博す。「食の都庄内」親善大使、スローフード協会国際本部主催「テッラ・マードレ2006」で、世界の料理人1000人に選出される。07年「イル・ケッチァーノ」、09年銀座に「ヤマガタ サンダンデロ」をオープン。東日本大震災の直後から被災地へ赴き、何度も炊き出しを実施。今も継続して支援に取り組む。12年東京スカイツリーにレストラン「ラ・ソラシド」をオープン。スイスダボス会議において「Japan Night 2012」料理監修を務める。「東北から日本を元気に」すべく、奔走中。
http://www.alchecciano.com
三好かやの(みよし・かやの)
1965年宮城県生まれ。食材の世界を中心に、全国を旅するかーちゃんライター。16年前、農家レストランで修業中の奥田氏にばったり邂逅。以来、ことあるごとに食材と人、気候風土の関係性について教示を受ける。震災後は、東北の食材と生産者を訪ね歩いて執筆活動中。「農耕と園藝」(誠文堂新光社)で、被災地農家の奮闘ぶりをルポ。東北の農家や漁師の「いま」を、「ゆたんぽだぬきのブログ」で配信中。
http://mkayanooo.cocolog-nifty.com/blog