ブランド野菜と奥田シェフの共演
私はずっと「鈴木さんの目の前で、野菜料理を作ってほしい」と奥田シェフにお願いしていたのだが、どちらも多忙でなかなか実現できなかった。
ようやくその日が訪れたのは、昨年の12月8日。鈴木さんと奥田シェフと私は、郡山駅前の商店街にいた。そこは「あおむしくらぶ」のメンバーが市民にブランド野菜とその食べ方を紹介する目的で、年2回開いている、野菜市「郡山・あぐり市」の会場だった。
売場を目にして驚くのは、根菜と葉物だらけの冬場なのに、並んだ野菜がじつにカラフル。たとえばニンジンだけでも紅色、赤、橙、黄、紫……5色もある。大根もカブもカリフラワーも、こんなにいろんなあったのか、と目を見張る品揃え。このチームの「品種力」のなせる技だ。
ズラリと居並ぶ野菜たちを前に「うーん…」と何やら考え込んでいる奥田シェフの横で、コンテナを抱えてスタンバイしているのは、鈴木さんの長男の智哉さん(19歳)。この年、父と同じ東京農大に進んでいる。
「使いたい野菜、どれでもこの中に入れて下さい」
シェフは、5色のニンジン、カリフラワーのロマネスコ、サラダゴボウ、ホウレン草の「緑の王子」、そして大きな「めんげ芋(さつまいも)」の焼き芋をセレクト。すると、現場で販売を担当していた女性に、
「シェフ、せったかくだからこれも使ってください」
と、ひょいと何かを手渡された。それは地元の農家が作った「あぐり味噌」だった。
「味噌かあ…」
と首を傾げるシェフ。「自分の料理に日本の素材は使うが、日本の調味料は使わない」というポリシーを貫いてきたシェフには、“難題”かもしれない。
とにかく、そのまま駅前の「郡山ビューホテルアネックス」の厨房をお借りして、郡山の野菜たちと奥田シェフのコラボレーションが始まった。「野菜を調達できても、料理する場所がない」と困っていた私に、助け舟を出してくれたのは、日調の鹿野先生だった。ホテルの松岡正料理長に協力を要請してくださった。
最初は、ギザギザの花蕾をもつ淡いグリーンのカリフラワー「ロマネスコ」。これを縦にスライスすると小さな木の形になる。これをホタテと合わせた「ロマネスコのクリスマス」ができた。
次に登場したのは「緑の王子」。軸を切り落とし、葉っぱを取り出しそのままフライパンで熱したオリーブオイルに“わさっ”と押し付ける。ホウレン草がチリチリと音を立てている。
「半分火が入って、半分生の状態になります」
そこへ、表面を加熱して“たたき”にした会津の馬刺し、ホウレン草の香りのついたオイルで炒めたなめこ、酢漬けのエシャロットのみじん切りを散らしてでき上がり。名付けて「緑の王子様 赤いお姫様」という。
「私がいつも庄内で使っている赤根ホウレン草は在来種。筋が強くて『生きてるぞー!』って感じがする。一方、郡山の緑の王子は、みずみずしくてきれいな味。そこへ馬刺しのお姫様を呼んで、美男美女を取り合わせてみました。どっちも鉄分があるから、相性はいいと思う」
と奥田シェフ。周りには「あおむしくらぶ」のメンバー。そしてビューホテルのキッチンのスタッフのみなさんが、野菜の下ごしらえをサポートしている。奥田シェフの料理は、完成形の予想がつかないことが多いのだが、指示通りにテキパキ仕事を進めている。現場を取り仕切る松岡料理長もじつに協力的で、スタッフはもとより、奥田シェフが求めるホタテや馬刺し、調味料を、快く提供してくださった。ちゃんとしたキッチンにプロのスタッフがいると、料理ができ上がるのが格段に早い。やはり料理は個人技ではなく、チームプレイなのだと思う。
奥田シェフが2品の料理を作っている間、その背後で何かをひたすら「ひゅんひゅん」と削っているスタッフがいる。よく見るとそれはニンジン。赤い「御前人参」とさらに赤い「紅御前」、黄色い「金美」と「イエロースティック」、そして紫色のパープルスティック。5色のニンジンを薄くスライスしているのだ。まるでカラフルなリボンのようだ。
「これに塩とオリーブオイルを混ぜれば、そのままパスタになりまーす」
同時進行で、奥田シェフが何かをレードルですくっている。
「味噌を水で溶いて、その上澄みだけを使います」
細かくきざんだニンジンをバターでソテー。そこに生クリームとトマトの絞り汁を少量加えて温める。そこに先ほど手渡された、味噌の上澄みを加えた。なぜですか?
「味噌もチーズも発酵食品。その粒を口に入れると『あっ、味噌だ』と認識する。味噌そのものではなく、その上澄みを使うと香りだけが移る。そこにトマトの酸味を加えると、チーズのような風味が出せるんです」と、話す奥田シェフに、
「なるほど、これはバーニャカウダソースとしても応用できそうですね」と、松岡料理長。
こうして郡山生まれの「あぐり味噌」は、「5色のニンジンパスタ」のソースの中で、その存在感を発揮したのだった。
他にも生のまま食べられるサラダゴボウにオリーブオイルを吸わせた「サラダゴボウのオリーブオイル吸わせ」、「めんげ芋」の焼き芋と激辛トウガラシの「ハバネロ」を合体させた「会津磐梯山」という料理も登場。辛さと甘さのまさかの組み合わせに、一同は驚きを隠せなかった。
ここで登場した「紅御前」と「めんげ芋」は、じつは新しい「郡山ブランド野菜」でもある。震災の年にストップしたブランド化を、鈴木さんらは翌年から再開した。ここに「おんでんかぼちゃ」を加えて、新たに3種のブランド野菜が誕生している。
「よそと同じものを作っていては、ダメ。郡山の生産者が郡山でしか作れない、おいしくて、身体にいい野菜を。震災前から我々が目ざしていたことは、間違っていなかった。震災を経験して、改めてそれを確信しました」
と鈴木さん。傍らにいる智哉さんにも聞いてみた。
「卒業したら、農業するの?」
「はい。野菜をやります」
とにっこり。シェフから若手へ、父から息子へ。学んだことや築いたものを受け継いで、つなぐ若者たちがいるから、料理人も生産者も頑張れるのだ。
食の未来を届ける、動くレストラン
翌12月9日午後4時。奥田シェフ曰く「いいふくしまの日」に、記者会見が開かれた。会場は、開成公園近くの「開成柏屋」。柏屋は、薄皮饅頭で有名な郡山の和菓子店である。
「来年の3月10日、ここ開成柏屋の駐車場スペースに、福島の食を応援するレストラン、Fuku-ché-cciano(福ケッチャーノ)」を、オープンします!」
Photo/Kenichi SATO
この新しいレストランは、アメリカ型のトレーラーハウスを2台使って、フレンチベースの洋食を提供。トレーラーといえども客席31。厨房も供えた本格的なレストランだ。シェフとして腕をふるうのは、中田智之さん(30歳/写真)。また、店長の横田真澄さん(22歳)、スタッフの瀬戸航平さん(20歳)、齋藤光さん(20歳)といずれも福島県出身で、日調の卒業生である。この2年、奥田シェフの元で料理はもちろん、畑を訪れ生産者の実状も学んできた。目ざすのは、
「福島のものは安全で安心だと、誰もが認める日が来るまで、福島の生産者の方々が、やめない体制を作ること」
営業には、日調の学生たちも先輩たちの指導の元、スタッフとして働く。会見場には、鈴木さんの姿もあった。
「我々の仲間たちは、10年ほど前からなんとか郡山の農業をさかんにしていきたいと、毎年一品ずつ『ブランド野菜』を作ってきました。メンバー一同、このプロジェクトを歓迎しています。震災以来、福島の農業はとても大変な状況が続いています。日調さんの助けもいただきながら、前向きに。とにかく次の世代に農業をつないでいくために、一緒に頑張っていきたいと思っています」
と話す鈴木さん。震災から3年が経過して、郡山の生産者にとって放射性物質の検査は「営農の一部」となっている。安全性を確認するのは当たり前。さらにこれからは、食べる人の健康に貢献できる、栄養価や機能性の高い野菜作りを目ざしていく。その検査や数値化に関しては、日調が協力していく。
そしてまた奥田シェフも、
「日本全国、いろんな農産物とその生産者に会っていますが、鈴木さんの野菜はとてもすばらしい。だから新しいレストランでは、この野菜を使っていこうと思います。その魅力は、抜群の保水力。細胞の各部屋がものすごくいい状態で水を含んでいるので、キメが細かくて、噛めば水が弾ける。誰もが今まで食べたことのない野菜。お客様に驚きを与えながら、忘れられない料理をお出しして、何回も来ていただきたいと思います」
さらにこのレストランにはトレーラーハウスが「動く」という強みがある。郡山で2年ほど営業したあとは、会津やいわきへ移動する。そんな試みも可能だ。
「お客さんを待つ飲食店から、必要としている人たちのもとへ移動していく。それがこれからのスタイルです」
東北の食を守りたいと願う奥田シェフが、福島の食を背負って立つ若き料理人と共に、明るい未来を届ける、動くレストラン「福ケッチァーノ」。いよいよ3月10日にオープンする。
◎今回訪ねた先は…
1962年生まれ。東京農業大学農学部経済学科卒。87年「鈴木農場」を開設。翌年野菜苗の生産と直売を開始。97年「伊東種苗店」を引き継ぎ種苗店の経営を開める。00年郡山市農業青年会議所会長(現在は顧問)。02年種苗管理士・シーアドバイザー資格取得。03年より「郡山ブランド野菜」のプロデュースを手がける。
2014年3月10日オープン
郡山市朝日1-14-1
TEL/024-983-3129(3月9日までは024-954-5523で、平日10:00~12:00受付)
営業時間/昼11:30~14:00、夜18:00~22:00
定休日/水曜日
料金/昼 コース3800円(サービス料込・税別)
夜 コース3800円、7500円(サービス料込・税別)
http://caan.jp/fukuche/
1969年山形県鶴岡市生まれ。2000年「アル・ケッチァーノ」を開業。地元で栽培される食材の持ち味を引き出す独自のスタイルで人気を博す。「食の都庄内」親善大使、スローフード協会国際本部主催「テッラ・マードレ2006」で、世界の料理人1000人に選出される。07年「イル・ケッチァーノ」、09年銀座に「ヤマガタ サンダンデロ」をオープン。東日本大震災の直後から被災地へ赴き、何度も炊き出しを実施。今も継続して支援に取り組む。12年東京スカイツリーにレストラン「ラ・ソラシド」をオープン。スイスダボス会議において「Japan Night 2012」料理監修を務める。「東北から日本を元気に」すべく、奔走中。
http://www.alchecciano.com
1965年宮城県生まれ。食材の世界を中心に、全国を旅するかーちゃんライター。16年前、農家レストランで修業中の奥田氏にばったり邂逅。以来、ことあるごとに食材と人、気候風土の関係性について教示を受ける。震災後は、東北の食材と生産者を訪ね歩いて執筆活動中。「農耕と園藝」(誠文堂新光社)で、被災地農家の奮闘ぶりをルポ。東北の農家や漁師の「いま」を、「ゆたんぽだぬきのブログ」で配信中。
http://mkayanooo.cocolog-nifty.com/blog