Follow us!

Facebook Twitter

INTERVIEW

月刊専門料理 1985年4月号「若き料理人に贈る言葉」より

信用という財産をつくることだ

上柿元 勝氏(元ハウステンボスホテルズ総料理長)
 
一覧へ戻る

最低でも三年、同じ店にいなくちゃならない

 フランス料理の技術をぜひ覚えたいんです、と言ってくる若い人は多い。ところがその後に「できれば給料もそれなりに」ということを平気で要求する人がいる。いい仕事を覚えたい、給料もほしい、そんな店があったら俺が行くよ!と怒鳴りたくなる。そういう人に限って、腰が落ち着かずに、ああ、この店はこんなものか、などと言って簡単に辞めてしまう。それでいて私は○○で働いてました、などとたくさんの店の名をあげる。どうせこうした人は、その店に電話してみると「そんな奴いたな、邪魔になっただけよ」などという返事が返ってきたりするのだ。
 私は自分がこの店で働こうときめたのなら最低でも三年はいなくちゃならないと思う。仕事がたとえ掃除だけだったとしても、イモむきだけだったとしても、だ。いや、私は今でも料理は掃除に始まり、掃除に終ると思っているが。とにかく最初は自分が、自らの意志で選んで入ることを決めたはずだ。他の誰が決めたわけではない。なら、三年くらいもガマンできないで、他のどこに行っても勤まるはずがない。とにかく、がむしゃらに与えられた仕事をやるしかない。給料なんて、仕事ができるようになれば、自然と取れるようになるはずだ。第一、いい仕事を教えることができるような職場は給料だって安いものだ。仕事は教えます、給料もどんどん払います、なんて店がどこにありますか?
 私はフランスで『ル・デュック』という店に二年半ほどいた。この店は魚料理専門だったから、周りの人から、いつまでもそんな店にいないで他の店に移ったら、と言われたこともある。しかしこの店のオーナーはなれない日本人の私を引き取ってくれたのだから、それに応えなければならない、と思って一所懸命働いた。そのことが、アラン・シャペルを紹介してくれることにつながった。私は今でも、この店で信用を得た、ということを誇りに思っている。「学ぶ」だけなら半年で移ればよかったかもしれないが、信用というものは、お金では買うことのできない大きな財産になってくれるものなのだ。

フランスに行けば“何とかなる”では失敗する

 これからフランス料理を学ぼうとしている人が、とにかくフランスに行ってみたい、という気持を持っていることはよく理解できる。しかし現実は相当に厳しい。金をふんだんに持って″遊学″するならいざしらず働きながら学ぼう、とするなら、生半可な気持ではほうり出されてしまうはずだ。もし、あなたが日本でフランス料理をやりたいというのならまず第一歩の基礎は日本できちっと身につけていくことを勧めたい。そのための先輩は、今や日本各地にいくらでもいるのだから。そして、物を見る力がついてからフランスに行くといい。
 安易な気持ちで、とにかくフランスに行けば何とかなる、と思っては必ず失敗する。何とかならないのだから。そうではなく、強い信念と目標を持って、基礎を充分につけた上でフランスに行くなら、たとえ短期間であろうと、野菜の違いを、肉の違いを手で触るだけでも、大きな収穫となるはずだ。