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INTERVIEW

月刊専門料理 1987年3月号「今月の人」

困難な時こそ、勇気を持って挑戦しよう

ベルナール・パコー氏(ランブロワジー シェフ)
 
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最高の素材を、シンプルに調理し、できたてをお出しする

 セーヌ河岸にあった店から現在の場所に移ったのが昨年(1986年)の12月2日です。これまでの店は20席でしたが、今度の店はさらに15席だけ増やしました。そのため私はスタッフを倍にし、私自身も以前より長い時間調理場に立つようにしています。これまで私の仕事を支持していただいてきたお客さんの期待を裏切らないために、1日20時間近くを料理に費やしているのです。料理は、材料もエスプリもこれまでと変わりません。インテリアもこれまで同様、上品で控え目なものだと思っています。これは私の料理そのものです。私の料理には、うわべだけの飾りや余計なものは一切ありませんから。最高の素材を使い、できるだけシンプルに調理する。そしてできたてをお客さんにお出ししています。料理の品数は、6品だけ多くしました。その日の素材で料理は変化していくものですが、カルト料理も三ヵ月に一度くらいの割合で新しいアイデアの料理を盛り込んでいこうかと思っています。
 料理において私は何よりも素材の質、鮮度に気を遣ってきましたが、現在手に入る素材の質は、どんどん悪くなってきています。栽培や飼育といった人工の方法が発達するとともに素材の質が変化してきているわけです。自分が求める質の素材を手に入れるためには今では、相当の努力が必要になってきています。まさに闘って確保するといった感じです。レストランの規模が20~40席が限度だと思うのは、このような素材の入手困難な状況にも原因があるのです。中でも肉の質の劣化は顕著であると思われます。ホルモン剤などを投与して飼育することが一般的になってきましたから、昔のように地方ごとに肉の味に特色があるということはなくなり、どこの産地のものも同じような品質になっています。野菜も同じような状態です。魚だけは、まだ養殖の技術がそれほど発達していないせいか、今のところ欲しい魚は充分に手に入りますが。

流行の最中は追随してはいけない

 レストランの料理というのは、時代を反映せざるを得ません。自分の料理を考える時、時代の要求というか、潮流として流れている時代のモ―ドに敏感になります。しかし、だからといってそのモードそのままを表現したくはありません。たとえていえば、その流れの三ヵ月前か、あるいは三ヵ月後に表現して、流行の最中は追随してはいけないのです。どこの店でも同じ料理を出している時に、その料理の真似をする必要はありません。その前にすでにやっているか、あるいは流行が終ったころに作るのです。そうするとお客さんは、あら、しばらく食べてないわ、と喜んでくれます。また、そうお客さんに言わせるのが料理人のウデであるともいえます。
 時代の流れとしては軽さが求められていた時代から重厚感のあるものが求められてきています。料理の世界ではヌーヴェル・キュイジ―ヌに対する考え方としてよく言われているのがリュスティッ(rustique)な料理と呼ばれるものです。リュスティックというのは野趣のある、洗練されていない、田合風の、ひなびた、民芸風の、といった意味あいの言葉です。具体的にいうとカッスーレのような料理がその例になるでしょうか。もちろんカッスーレといっても昔のままのそれではありません。人が食事にかける時間が短かくなっているように、カッスーレも時代に合わせてモダンになっています。しかし、こうした郷土料理的なものを見直そうというのが、リュスティックと呼ばれる料理の背景にあるわけです。
 しかし考えてみれば、こうした料理は時代の流れとはかかわりなくいつも存在しているものです。ヌーヴェル・キュイジーヌはなやかなりし頃に、カッスーレを専門に出していたレストラン、ビストロは、それまでにないほどの売上げを上げていたのも事実なのです。これが流行といわれる現象の別の側面といっていいでしよう。結局その当時、新しい流行に乗れず、かといってクラシックを押し通すこともできなかったレストランが一番、経営的には苦しかったということになるわけです。
 現在、リュスティックということが言われるのは、行き過ぎた料理に疲れて、ふっとふり返って見たら古い良い料理がたくさんあった、ということでしよう。郷土料理に使われる素材を再発見することが、逆に今の時代のモードになっているというわけです。
 レストランをめぐるフランスの状況は厳しいものがあります。でも、そんな時代だからこそ、あえて挑戦する勇気を持つことも大切です。私がランブロワージーを独立開店した1981年は、社会党政権が誕生した直後で、レストランをオープンさせるには非常に条件が悪いと言われた時でした。でも私は成功しました。人生において、あえて行なうということは大切なことです。挑戦すれば、意外とうまくいくものです。
 レストランの環境は悪いものばかりです。不景気ですし、先ほどお話したようだ素材も変化しています。しかし、そうした変化に、できるだけ自分の料理に対する考え方をつらぬきながら、対応していきたいと思います。料理に対する原理は何も変わらないのです。素材に忠実に料理を行なうこと。できるだけシンプルに料理すること。手早く加熱して、すぐにお客さんに出すこと。料理とは、それを作る人間の考えの表現でもあるのですから。