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INTERVIEW

1985年 専門料理6月号 「フランスだより」より

基礎さえきちんとやっていれば通用する

十時 亨氏(レディタン ザ・トトキ 店主)
 
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その地方でしか作れない地方料理をやりたい

 --今の店はどこにあるんですか
 リールから50km南にあるヴァランシエンヌという町の駅の構内にあるビュッフェ・ガール(Buffet-Gare)というレストランです。満席で100人近い人が入り、1階と2階に分かれています。人口4万人の町としては立派な店です。この町で1ツ星がついているのはここだけです。

 --どうして人口4万人という小さな町のレストランに入ったんですか。
 フランスに来て1年半になりますが、僕は全部パトロンの紹介で店に入っているんです。それが一番強いでしょう。最初にブラシューにある2つ星ル・ルレー(Le Relais)に10ヶ月いて、そこからパトロンの紹介でクロイ・シュール・ル・ロアールという町のオテルリィ・サン・ジャック(Host.St-jacques)に行って、それから今の店です。

 --パリの周辺都市を回っていますが、何か意図しているところがあるんですか。
 地方料理をやりたいと思って。パリはすべての地方料理が集まっているわけでしょう。だから最初は、本場の地方料理をやってみたいと思いました。

 --たとえばパリにも地方料理を看板にしたレストランがありますが。
 材料一つとっても、パリのランジスと地方のものは、ほとんど同じでしょうけど違うものもある。今の店にはホワイトアスパラガスが10ケースくらい農家からくるし、ジビエの季節には狩猟したのをそのまま持ってくるし、ワインもベルナッシュといって10日くらい発酵させたのが飲める。こういうことはパリではちょっと無理でしょう。

 --日本では?
 レジァンスで3年、レカンで4年。

 --7年働くと東京のフランス料理に飽きて本場の本物を見たいっていう気持ちが起こったりするもんですか。
 日本でやっているのも本物ですよ。でも僕はフランス料理に携わっているわけだから、それなら本物のフランス料理を見たいなと思ってフランスへきました。

 --本物のフランス料理って何でしょうか。
 むろんパリで作っているものも本物のフランス料理ですよ。ただ僕が求めているのは昔からある、アルザスやマルセイユなど、その地方でしか作れない料理なんです、ですから本物といえばどれも本物ということになります。ただ、たとえばジビエなんか、味が違うんですよ、パリとは。野兎だってすごくおいしい。夜なんか車で走っていると道にポンポン出てきますよ。

 --地方に行くと、鹿の出没に注意とか、そんな道路標識がありますね。地方には地方なりの料理が残っていて、客は都会では味わえない料理を食べに来ているんでしょうね。
 地方料理は量も多いし、ソースの味も自分たちで考えて一番合うのを出してるんじゃないですか。都会の料理と基礎や下ごしらえは同じでも、リエーヴル・ロワイヤル(lievre royal)とかカルプ・ア・ラ・シャンボール(Carpe a la Chambord)とかクラシックなものも残っている。カルプは日本の鯉と全然違うから濃くないですよ。鯉と野菜を赤ワインで煮つめて、ソースを細かいテクニックで作ります。

故郷に帰って店をやりたい

 --日本で7年働けばフランス中どこへいっても通用しますか。
 そんなことないけど、基礎さえちゃんとやってくれば通用すると思います。日本人は優秀だから。それに比べて僕の知っているフランス人は仕事しませんね。僕は残念ながら今まで仕事のできるいい料理人に会ったことない。

 --いい料理人とはどういう人のことですか。生まれながらに持っている器量のようなものですか。
 そうじゃなくて、情熱、最高のものを作ってやろうとする情熱じゃないでしょうか。僕は今まですごいな、と思う人に出会ってないから、フランス人から何かを吸収しようと思ったことはないです。僕は僕なりのことをしようと思っているから割り切っています。仕事上だけですけどね。

 --日本である期間働いてからフランスに来てよかったと思いますか。
 ええ、基礎ができていますから。20歳くらいで来ている人もいるけど、本当にいいシェフに当たらない限り、基礎というか、料理のタイミングを知るのは難しいと思います。ずっとフランスにいるならいいでしょうけど、日本に帰ってから難しいんじゃないですか。

 --逆に日本で長くやってきた人は日本的なテクニックに縛られて、フランスに来て困るようなことはないですか。
 僕は基礎は同じだと断言します。ソースの作り方にしても、僕の経験からいっても基礎は同じです。ソース・ブール・ブランも、なにを付け加えるかは決まってないけど、結局はおいしければいいんじゃないですか。基礎があれば、これとこれは合うだろうとか、合わないだろうとかわかりますから。

 --今までの店では自分の主張は通せましたか。
 彼らがルセットをこうしてやれっというと、自分でその通りにやってきました。ただ材料によって仕上がりが違うから、それをいかに安定して仕上げるかは、材料を見て触って分量を変化させなきゃいけない部分も出てくる。僕の場合は何をやれっていわれても基礎に基づいてやるから、味にそんなに開きはないですね。

 --28、9になれば新人を脱皮して、そろそろ活躍していくじきじゃないですか。
 いや、まだまだですけど、全体が見えてくる時期ではありますね。でも今は体を使って、舌を使ってやるだけです。

 --この年代になれば自分の才能といったようなものが分かってくるんでしょうね。
 そういうふうに自分をみたことがないですから。ただ、こういうのをやりたいと思っているだけです。

 --将来の計画は?
 最終的には自分の店をもってやりたいと思っています。
この道に入ったのも人に使われるのが嫌だったからだし、中学生の頃からそういう夢をもっていました。どんなことがあってもどこまでやれるか納得できるまでやりたい。福島のいわき市で生まれたんですが、故郷に帰ってそこでとれるものを使って、店をやりたいですね。