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INTERVIEW

月刊専門料理 1987年5月号「今月の顔」

料理とは、素材に生命を吹き込むこと

ジャック・ボリー氏(元 ロオジエ 料理長)
 
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大切なのは自分の料理を愛し、信じること

 私が日本に来てからすでに十数年たちますが、その間にフランスのフランス料理が大きく変化したのはいうまでもありません。ということは日本のフランス料理も大きく変化したということになります。日本に来た当初は、材料の質の問題もあったし、お客さんもまだフランス料理をそれほど知りませんでした。フランスを旅行する人も少なく、しかも料理に関心を寄せている人はなお少なかったから当然のことでしょう。今は大変な違いですね、考えてみると。
 料理界を見てみると、ポール・ポキューズの時代から、ミシェル・グラール、そしてジョエル・ロピュションヘと、その時代をリードする優れた料理人が、その個性を大きく主張してきた時代でもありました。それらの料理人の料理に、いろんな名前(ヌーヴェルとかモデルヌ、レジョナル…)がつけられてきましたが、私たち料理人にとって大切なことは、その流れのどこに自分がいるか、ということよりも、自分が料理を愛して、自分の作る料理を信じることだと思います。自分にとって大切なのは、レッテルではなく、おいしい料理を作る、ということだからです。
 時代に生きている料理人として自分の料理は「今の」料理だといえると思います。基本は同じですが、時代とともに演奏の仕方は変化していきます。調理法も、真空調理法が出てきたり、それなりの変化はあるでしょう。しかし″発明する″というほどの大きな革命はないと思うのです。むしろ、かつて活躍した偉大な料理長たちが残してくれたものの再発見、ということが活発になっていくような気がしています。それは昔のままの再現ではなく、今の私たちにとってクラシックなそれらの料理の中から″今″を発見するということです。違った視点で解釈するということです。

フランス料理に人種は関係ない

 フランスで料理を勉強している外国人は非常に多いのですが、特にその国籍によって質が違うということはないと思います。料理を愛し、良い素材を見る目を養い、学ぼうという態度さえあれば、人種は関係ないと思います。ただ、難しいのも確かです。これまでに数千人から一万人ぐらいの日本人の料理人がフランスに行ったと思いますが、いったい何人くらいの人がまともなフランス料理の仕事ができるかといえば、誇張のしすぎかもしれませんが、10人ぐらいのものじゃないでしょうか。そんな気がしています。料理人という職業は、一人前になるのに少なくとも15年はかかりますし、それで何でもできるのではなく、それから学ぶこともたくさんあります。フランス人は小さいころからフランス料理を口にして育つわけですし、それでも料理人として成功するのは難しいのですから、日本人にはそれ以上にハンディがあるのも事実です。
 でも、だからといって日本人がフランス料理をやることに、ひけめを感じることは何もありません。休みに東京のフランス料理店に食べに行くことがありますが、本当においしい料理を作る人が何人かいます。彼らの料理なら、むしろフランスにいるフランス人料理人にも学んでほしいと思うことがたくさんあります。結局は、その人次第ということですね。自分の個性を持っている基礎のしっかりした人なら、成功する可能性はあるということです。料理というのは、パーソナリティが反映するべきものですからね。したがって人の料理を、本を見て写真の通り作ることは何の意味もありません。そうした料理は、料理に生命を吹き込んでいないと思います。料理を作るということは、素材に対する尊敬の念、客に対する尊敬の念、そして自分の解釈を盛り込んでいかねば、完成されないものです。そうでなければ、料理というのはあまりにも簡単すぎるのではないでしょうか。
 これは日本だけのことではありませんが、他人の料理のコピーが多いのは、こうした意味で困ったことだと思います。料理長が料理を作るというのは、たとえ自分はオーケストラの指揮者でも、出来上がってくる料理はその人のパーソナリティそのものであるべきだからです。そう考えてくると、日本人がフランスに行って学んできたといっても、そのうちのほんの数人しか、そうしたパーソナリティを持った料理を作ることができないとしても、やむを得ないかもしれませんね。その数人の水準は、大変なものなんですから。
 私がこれまで働いてきたベル・エポックは、オークラというホテルがすばらしいのと小野正吉氏が私を信用し、やりたいようにさせてくれたので、とても幸福な職場だったと思います。MOFもオークラにいる時に取ることができましたが、これもベル・エポックにいたこと抜きには考えられません。スタッフが良いことは、レストランにとって最も大切であることは言うまでもありませんが、それとともに客層も重要な要素だと思います。ベル・エポックはそういう点でも最高のレストランでした。今度ここロオジエで料理を作るようになりましたが、この客層という点ではオークラと同じ水準だと思います。しかも40席が最大、という規模ですので、私にとっては自分が考えることのできる最良の料理が提供できるのではないかと思っています。これまで得てきた技術と感覚をフルに使って、洗練された料理、練り上げ、完成された料理を作っていこうと、はりきっています。