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INTERVIEW

月刊専門料理編集部編『若い調理師のために2 ―料理長は語る―』より

カナダの日本人として

村上功志氏(St-Charles C.C(カナダ) エグゼクティブシェフ)
 
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日本人が海外で仕事をするならナンバーワンをめざさなければならない

 若かったんですが仕事にはある程度の自信を持ってカナダヘ渡ったんです。それでも、まず言葉のハンディがありますね、そして体力的にも劣るし。それに東洋人はほとんどいなかった時代ですから。仕事をしながらもつらいな、と思ったことは一度や二度じゃなかったんです。
 でも一年間がんばったら、ラッキーにもゴルフクラブのシェフの話がきまして。白人の若く、大きな連中をスタッフとして使っていくのは大変でしたが、仕事さえできれば、ついてきてくれましたから。
 現在のゴルフクラブのシェフになってからでも、もう一〇年になります。その間に二回の世界料理オリンピックがあって、私はいずれもカナダのナショナルチームの一人に選ばれまして、ワールドチャンピオンとしてゴールドメダルを獲得することができました。これは日本人として初めてでもあり、意味のあることだと思っています。
 コンクールの料理というのは、ゼリーで固めて視覚的にも訴えるようなものを作らなければなりませんから、普通の食べる料理とは違います。ですから、そうしたコンクールの料理を嫌う方もいるようですが、私はそれが種目にあるのであれば、それにチャレンジしていけばいい、と思っています。そういうチャンスがあるのに、初めからやらないと決めつけてしまうのは、どうかと思います。やらないよりは、チャレンジしたほうがいい。そう私は思います。
 というのも、別に、私がワールドチャンピオンを獲得することができたからではありません。そうしたタイトルをもらったからといって、明日からお客さんがどんどんお金をくれるわけでもありませんから。ただ、そうした国際大会を通じて、世界の料理人たちと交流することができる、そのことひとつをとってもチャレンジする意味はあると思うのです。
 私はカナダの国籍を持ち、カナダ人としてゴールドメダルをもらったのですが、その私が日本人である、ということに誇りを持っています。日本に住んでいる日本人よりも、はるかに日本人であることに誇りを持っていると自負してもいます。日本に帰ってきた時にプロ野球の江夏投手がアメリカの大リーグにチャレンジする話を聞きましたが、私は江夏という人の気持ちが、とてもよくわかるような気がするんです、本人を直接知りませんが。
 日本人で海外に住んで生活するなら、常にナンバーワンでなければいけない、と私は自分によく言い聞かせています。実際私はナンバーワンをめざしてがんばってきたし、これからもそれ以外はない、と思っています。

あの人においしいハンバーグを食べてもらいたい、と思う気持ちが大切

 今の調理場は一〇人のスタッフでやっています。夏になればバーベキューもありますし三〇〇人くらいの宴会はできる態勢があります。そこでは幅広い料理を提供します。サンドイッチも、ハンバーグも。それらのポピュラーな料理といえども、決して手を抜いては作りません。その点は、経営者も私に強く求めてきます。君はゴールドメダリストだ、でもサンドイッチがまずい、と言われたら終りだよ、と。その通りです。クラブのメンバーの方々は、私のタイトルではなく、おいしいものを食べたいのですから。
 私はかつて二ヵ月半ほどフランスを旅行して本場のフランス料理にふれる機会を持ったことがあります。ポール・ボキューズが頭角を表わし始めたころです。その体験は、あまりいい仕事に接する機会がなかったので、とても参考になりました。エリを正す、という気持ちにさえなりました。しかし最近は、フランスよりも、なるべくいろんな国、ドイツやベルギー、オーストリアなどを訪ねることにしています。というのも、料理をあまり片寄った見方で見たくないからなのです。
 とかくフランス料理に熱中している人は、フランスでは、ということばかり言って現在の自分の店の料理にベストを尽さない、という過ちを犯しがちです。フランス料理はすばらしい料理ですが、ハンバーグを無視した考え方で料理するのは間違いだと思うのです。どんな料理でも、おいしいと思ってくれなければ、料理人の負けです。そのためには真心を込めて作ることです。あの人においしいハンバーグを食べてもらいたい、と思って作ったハンバーグは、きっと旨いはずですね。そのことが大切だと思うのです。それを軽べつして、フランス、フランスでは困る。
 私がたまたまゴールドメダルを取ったからといって客にとっては何の関係もないのであって、問題は今、客の前に出している料理で十二分にその人を満足させているか、ということが大切だ、ということなのです。そのことをふまえてフランス料理、という時、初めてその人のフランス料理は本物じゃないでしょうか。地道な努力、これがどれほど大切かということを私は今までの経験でたくさん知らされてきましたから。
 今回、日本に帰った時に、ある人から「あの方はすばらしい人ですね。え、あの方は料理もやるんですか?」と言われるように努力しなければいけない、と言われたんです。料理オリンピックのことを夢中で話していたからかもしれませんが、その言葉が胸にしみました。「彼はゴールドメダリストらしいけど、あの人の人柄がどうも……」と言われてはおしまいですからね。人間的にも成長すること、このことを自分に言い聞かせて、これからもカナダの日本人としてがんばっていきたいと思っています。