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INTERVIEW

別冊専門料理「グランシェフ13」より

伝統と革新が、原動力です

ドミニク・コルビ氏(当時・トゥールダルジャン 料理長)
 
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――パリのセーヌ川に沿って建つ「ラ・トゥールダルジャン」は、一五八二年に、旅籠屋としてスタートした、パリでは最古参の老舗レストラン。ホテルニューオータニ内にある東京店は、その唯一の支店として、 一九八四年にオープンした。ドミニク・コルビ氏は、一九九四年から東京店の四代目総料理長として活躍している。

 トゥールダルジャンといえば、 一羽ごとにナンバリングされた鴨料理があまりにも有名です。四〇〇年という歴史もあいまって、キュイジーヌ・クラシックのレストランとしてのイメージが強いのですが、実際にはトラディショナルな料理とともに、シェフのオリジナルによる新しい趣向の料理も出しています。たとえばフォワグラのエンペラー風、鴨のマルコ・ポーロ風、ペーシュ・フランベなど、トウールダルジャンを象徴する伝統的な料理はパリ本店と東京店に共通したもの。これがメニューのほぼ半数。そして、今回ご紹介したような〝今〟の時代を反映させた新しい料理(本誌で紹介)は、それぞれ独自に作り、これが残りの半数近くになります。
 看板料理になっている鴨にしても、実際には伝統的なものだけでなく、いくつかのバリエーションがあって、常時五種類は揃えています。トゥールダルジャンの伝統料理となっているのは、四種類の粒コショウを使った「マルコ・ポーロ風」と、ローストしたあとの鴨のガラをプレス機にかけ、搾り出した血でソースをリエした「トゥールダルジャン風」の二品。このほかにブラッドオレンジやサクランボウ、ビワなどを使ったフルーツ仕立ての料理が三品と、ここのオリジナル鴨料理が一品あり、年間では三〇から五〇種類もの新しい鴨料理を作っているほどです。(中略)

私の中には、未知への好奇心を持つ一方、変わり得ない部分もある

 私自身はパリの生まれ。東京と同じように、パリには地方のいろいろな料理がごちゃまぜに存在しています。しかも、それらはパリという都会のフィルターを通して再構築された料理。その世界で育ってきただけに、逆にその原点となっている地方料理にとても興味をそそられるのです。一つひとつの地方を掘り下げながら、そこからいろいろにイメージを膨らませ、自分の方法論でもって料理する――、そんなプロセスを楽しんでいます。
 新しい料理を考える時は、まず自分が食べたい、使ってみたいと思う素材から入っていきます。プロヴァンスであれば、ブルグール(発芽小麦)の爽やかなサラダ〝タブレ〟を食べてみたいと思う。アルザスだったら、ゲヴルツトラミネールをマリネに使ったらどうだろう、ブルターニュならハチミツのリキュール〝シュシェン〟を使って何か作れないだろうか……そんなふうに素材を核にして肉付けをし、土地の香りと洗練とのバランスをとりながら、レストラン料理としての完成度を高めていくのです。(中略)
 このように地方の料理を見ていくといつも感じさせられるのが、料理がその土地の素材に密着したものであるということ。それぞれの土壌で育まれてきた素材が、またその土地の料理を育ててきたということに改めて気づかされます。
 自分自身の興味もあって、これまでフランスのほぼ全土を見て回りました。南仏のサントロペで働いていた頃は、ことあるごとに周辺に足をのばしましたし、ブルターニュヘは今でもバカンスを利用して毎年出かけます。行く先々で、珍しい素材やおいしいものを見つけては、新しい料理のヒントを得てきます。
 来日してからも、日本の食材をいくつか使ってみました。京都のエビイモやタケノコ、丹波篠山の黒豆、茨城の赤ネギ……。地方には江戸時代から作られている珍しい素材がたくさんあるそうですね。タケノコはホワイトアスパラガスと合わせると、とてもおいしい。すぐにこのレストランで出せるかどうかは別にしても、個人的にはとても興味があります。フランスと同じように日本も地方の素材から攻めていくとおもしろいのではないかと。(中略)
 日本には〝郷に入れば郷に従え〟ということわざがあると聞きましたが、私はそれを地でいっているようにも思います。フランスであれ日本であれ、何事にも好奇心を広く持ち、柔軟な姿勢で臨みたい。
 いっぽう、フランスでは「スープを食べるところで生まれた人は、生涯その味や香りを自分の根として持ち続ける」という言い方があります。つまり、どこで生まれたかということが、その人の味覚に大きな影響を与えるというわけです。
 日本で料理を作るようになって、フランス時代とは変わってきている面がある一方、根っこの部分で変わり得ないところもあるということでしょう。それは私自身の中の伝統と革新であり、トゥールダルジャンにあって、伝統料理の中にいかに自分の持ち味を盛り込んでいくか、という命題につながるものでもあります。
伝統と革新のせめぎあいの中で、トゥールダルジャンの歴史の一頁に貢献できる料理を私自身の手で作り出していければと思うのです。

【プロフィール】
Dominigue Corby
ドミニク・コルビ
1965年、フランス・パリ生まれ16歳で料理界に入り、各地のレストラン、ホテルで修業する。90年にレストラン「レ・プレスティージュ」の料理長に就任。翌年、パリの「ラ・トゥールダルジャン」で副料理長を務める。その後、ホテル、レストランの料理長を経て、94年に初来日し、トゥールダルジャン東京店(ホテルニューオータニ内)の料理長に就く。02年から10年5月までホテルニューオータニ大阪「サクラ」総料理長を務める。03年、銀座「ル・シズィエム・サンス・ドゥ・オエノン」エグゼクティブ・ディレクターに就任、ミシュランガイド東京の発刊以来4年連続1つ星を獲得。08年にはフランス・センスに「LeMiyabi」をオープン。東京、フランスを始め、国内外で精力的に活動中。