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INTERVIEW

1987年 グランシェフ4 「時代を駆ける男たち」より

経営は持続力が大切なんだ

三國清三氏(オテル・ド・ミクニ 店主)
 
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最近になって自分のスタイルができてきた

 日本で自分の料理を作り始めた時は、僕が最も共鳴することの多かったジラルデ的な思考法で日本の素材に接し、料理を作っていました。しかし、作る経験を重ねていくうちに、日本の素材の質がだんだん見えてきて、その素材に引きこまれて考え方も変わり、技法も変化してきました。さらに、オーナー・シェフとなって、とにかく客がうまいと思う料理を作ろうと躍起になればなるほど、当然作る料理も変化してきました。ジラルデもそうでしたが、レストランを経営するには昼、夜満席にした上で、その客を満足させなくてはなりません。客が来てくれなくては話にならないのです。ですから、客が食べた後の皿が気になるわけです。敏感になるのです。決して僕の作った料理を残らず食べろ、などと思っているのではなく、何故皿が白くならなかったのか、そのことを研究していかなくてはならないからです。料理が旨いか、旨くないかの証明は、まず第一に皿が白くなって戻ってくるかどうかが大きなポイントになります。そのことを研究してきた結果が、今の料理になっているはずです。
 レストランとは、めし屋です。めし屋というのは、旨くなくてはなりません。料理人というより職人であるミクニが料理を作っているのですから、絶対に旨いものを作らなくてはウソです。職人の証明は、旨いと客にいわせる料理を作ることだからです。誰が何と言おうが、とにかく美味な料理を作りたい、と思っています。
 客は、いろんなものを求めてレストランにやって来ます。ある人はパリの三ツ星で食べたあの味を日本で食べたいという、いわば郷愁を持って食べに来ます。そういう客には、今の僕の料理はあまり気に入られないかもしれません。その郷愁に応える自信はありますが、そういう料理は、それを得意とするレストランに行って食べたほうがいい、と思うからです。僕の料理は、今日は天ぷらを食べようか、すしにしようか……とにかく旨いもんを食べたいと思っている客に食べてもらいたいし、理屈抜きで旨いんだという料理を作っているつもりです。日本の旬の素材を使って旨いもんを作る、その感覚を支持してくれる客が続けて来てくれることが、今の僕の支えになっています。『ミクニ、とにかく旨いもんを作ってくれ』この要求に応えていきたい。フランス料理とはこういうものだ、それを日本で再現しなくてはならない、といった硬直した考えを僕は持っていないのです。もちろん技法的に言えば、僕の料理の技法は、日本料理でも中国料理でもなくフランス料理でしょう。でも、それはフランスのあの料理という郷愁によったものではない。今回のタイトルをスティル・ド・ミクニ(style de MIKUNI)としたのは、そんな意味があったからなのです。ミクニスタイル、これが今の僕の料理を表現するのに一番ぴったりくるような気がしています。
 旬の素材、鮮度のある素材は、できるだけ手を加えない、焼きっぱなしみたいな料理法のほうが旨いはずです。しかし、こんなもの俺の家でも食べられると思われる料理では、お金はいただけません。焼きっぱなしの旨さを表現しながらも、どこかにミクニらしいテクニックを加えて、さすがミクニといわれるものを作らなければならない。それがスティル・ド・ミクニです。最近になって、そういえるような自分の形というか、スタイルができてきたように思います。

店を経営するということは、持続するという意志を持つこと

 調理場での僕は、全精力を傾けて料理を作ります。決して調理場を離れることはありません。それが僕のやり方です。それだけにスタッフに要求される緊張感は大変なものでしょう。僕が自分の店を週休2日制にしたのは僕とスタッフが、常にベストコンディションで料理を作りたい、と思ったからです。1日では体の疲れを休めるだけです。プラス一日あることで、人間的な余暇の過し方ができると思うのです。もしこの制度を実行していなかったら今、オテル・ド・ミクニは続かなかったと思います。それほど、毎日の仕事にはベストなクオリティをみんなに要求しています。それが僕のやり方ですから週休2日制が必要だったのです。
 店を経営するということは、持続するという意志を持つことです。店を永遠に維持するには、花火のように打ち上げるのでは不可能です。人を育て、店を育てる。そのためには持続しなくちゃならない。その責任が僕にあります。週休1日のほうが売上げはあがります。2日休むためには、それ以外の日が満席であるという前提がなくては、できません。それはオーナーである僕が腹をくくらなくちゃできっこありません。勇気といいかえてもいいでしょう。ダメになったら僕が責任を取るんだ、そういう腹のくくり方、割り切り方をした上で、スタッフにベストの力を出してもらうために、店が持続していくために週休2日制を採用したのです。
 現在、イギリスにサービスの人間を留学させています。そうした人の育成をできる限り行なっていくことが、5年先、10年先に店を発展させていく力になってくれると思うからです。自分の店を持ち、やりたいことをやる。スタッフにもベストを要求する。これはシェフたちが必ず持つ考えです。でも、それだけでは店というのは維持できないということを僕は経験してきたのです。だからこそ、スタッフの士気を高め、ベストの力を出してもらうためにも、持続力が大切なんだ、ということを言うのです。客に旨いといわせる料理を作ること、そしてまた来てもらうこと、それによって店を満席にし、最高の素材を購入する金を得ること、経営を持続させること、料理人ミクニに要求されることは実に多いのだとつくづく思っています。