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INTERVIEW

月刊専門料理 1985年2月号「今月の顔」より

他人の料理を通して自分の料理を見直せ

北岡尚信氏(元プティ・ポワン オーナーシェフ)
 
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 私はずっとホテルでそだってきましたから、自分の作った料理をお客さんがどんな顔で食べているのか、ということを知る機会がなかったのです。ところが独立して自分の店を持ちますと、ホテルほどのスタッフが揃ってもいませんから、どうしてもお客さんの前に出ていかなくてはなりません。目の前で自分が作った料理をお客さんが食べている、その表情を見て、またそれまで考えてもみなかったような感想を聞かされて、正直いってとまどってしまいました。
 たとえばある料理を塩辛いという人がいるかと思えば、別の人はもっと塩をきかせたほうがいい、という。これにつきあって、いちいちその意見を取り入れていたのでは、いったい自分の料理はどこにあるのか、ということになってしまいます。もちろん、お客さんの意見は大切ですよ、現に食べてそう感じているのですから。問題は、そうした多様な味覚を持つお客さんに対して、自分の味というものをどう確立していくか、ということです。それには、とにかくこれ以上は譲れない、という自分の味を持って、お客さんの意見は謙虚に聞きながらも、その一線からは妥協しないということが必要になってきます。いたずらにお客さんに迎合することは、結果として自分の味、つまり自分が何を作るのかということまで見失いがちになりますからね。ここのところは大切なポイントだと思います。
 このように自分で直接お客さんの反応に接するようになってから、サービスというものがいかに大切なものであるか、ということを思い知らされました。ですから最近は、フランス料理人を目ざす若い人が私の店に来ると料理人としての修業を始める前にまずサービス係を経験すべきだ、と話すことにしています。というのも、調理場の仕事というのはサービスに比べて肉体的に相当きついものですから、毎日の仕事に追われてくたくたに疲れてしまい、フランス料理の知識や、その周辺のことを勉強する余裕などなくなってしまいがちだからです。それよりはサービス係になってフランス料理を食べるお客さんの反応を知り、調理以外の様々な知識を覚えていったはうが、広い立場でレストランというものを理解できていくと思うのです。そしてこの時期にフランス料理の基礎的な知識を吸収するために大いに本を読むといい。もちろんフランス語の勉強だって始めていい。そうしているうちに、料理を作るよりもサービスのほうが自分に向いている、と思う人も出てくるでしょうし、ソムリエになろうとする人も出てくる。それはそれでいいと思うのです。

皿の上の美しさだけではお客さんは満足しない

 若い人は、たとえばジャガイモをココットに切ることを他人より早く覚えたい、とあせりがちなものです。でも、そうした技術などは、ある時期に繰り返し集中的にやれば、できることなのです。それよりも幅広く自分を鍛えることのほうが将来必ず役に立つはずです。料理長を目ざしているなら、なおさらです。人の上に立つには、ジャガイモのココットがいかに早くむけるかではなく、そうしたことは部下にやらせて、それとはレベルの違う仕事を自分がするようになることでしょう。ただ、人には器量というものがありますからそれに合った努力をするのが理想ですね。そうした自分の道を見出すためにも、サービスから勉強することは役立つと思います。
 独立した時は若かったですし、早過ぎると忠告もされましたが、なんとかここまでやってきました。ある時期は、料理をいかに器に美しく盛るか、ということに神経を使っていたこともあります。それはそれで、お客さんがとても喜んでくれましたから。しかし、だんだん、お客さんが料理を日の中に入れた瞬間に、ホッとためいきの出るようなおいしさ、その感動を重視したいと思うようになってきました。もう、皿の上の美しさだけではお客さんは満足しなくなった、ともいえるでしょうね。
 盛り付けだけに注意がいくと、たとえばここに緑がほしいというだけで味のバランスを無視して緑のものを持ってきたりしがちですね。でも素材というものは、それぞれに持ち味がありますから、当然それらを組み合わせるには、素材と素材との相性というものが大切になってきます。それを知った上で、つまり素材の相性がピッタリ合って、しかも盛り付けて美しい料理を目ざさなくては、外見がどんなに美しくてもお客さんに何の感動も伝えられない料理になってしまう危険があるということです。
 フランス料理は他国の料理ですから、まずコピーから入る。つまり形から入っていくことが必然的に必要でした。そして日本に定着するためには美しい盛り付けも大きな役割を果してきました。でも今は食べる側も私たち以上に成長してきています。美しく、しかも旨くなければ納得してくれなくなったのです。
定着してきた形態に、いかに内容を盛り込んで充実させるか。そういう、本当の意味での実力が要求されてきているということでしょう。これだけフランス料理店も増えてきましたから、 一人よがりではなく、やはり他人の料理も食べなければなりません。他人の料理を食べなくては、自分の料理というものが見えてこないからです。食べながら、自分と違う感覚に出会った時は、ショックですが、それをキッカケにまた自分の料理というものを見つめ直すことができるわけですし、それが必要とされる成熟した時代になってきたということでしょうね、日本のフランス料理が。